IDEO流 新しいアイデアを生むための3つの“変な”データ活用
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IDEO流 新しいアイデアを生むための3つの“変な”データ活用

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Kensuke Koshijima
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published:
December
2022

世の中の変化のスピードが速くなり、いつどこから自社の事業を脅かす存在が出現するか読めない昨今の状況において、企業はますます「イノベーション」を求めている。その中で、新商品の開発や新規事業の創出を仕事にしている方も多いだろう。こうした仕事はつまり、「新しいものを生み出す」仕事だ。近年トレンドになっているDXと呼ばれる取り組みも、その一つといえるだろう。こうした仕事は、どれも不確実性が高く、前例がないことも多い。

一方で、仕事の中には「今あるものをより良くする」仕事もある。つまり既存のビジネスやサービスに改善を重ねあげて大きく育てていく仕事だ。こうしたフェーズにおいては、データ活用の重要性が高まっている。既存のビジネスを運用していく中で生まれるデータを蓄積し、そのデータを分析、活用することで、意思決定の質を高めたり、新たなソリューションを作ったりすることは、すでに多くの企業が導入しているし、今後も拡がっていくと思われる。こうした取り組みの延長にあるAIも、日々普及度が高まっている。

一般的に「新しいものを生み出す」仕事は、いわゆる企画職、デザイナー職などの職種の人が行い、データアナリストやデータサイエンティストと呼ばれる人たちは、事業が回り始めデータが溜まってきた「今あるものをより良くする」タイミングで価値を発揮することが多いのではないだろうか。新しいものを生み出そうとしている段階ではまだデータもなく、そこでのデータ活用はイメージしにくいだろう。

しかし、実は、このフェーズにおいても、データを分析し活用することに知見を持つ人と協業することで、よりよいモノを生むことにつながる場合がある。IDEOでデータサイエンティストとして働く私の経験も踏まえ、新しいものを生み出す仕事におけるデータ活用の可能性について紹介したい。

データを通して人のニーズを理解する

IDEOのプロジェクトでは、デザインリサーチという手法を用い、人にとって高い価値や有用性を持つアイデアを探るのが一般的である。インタビューやシャドーイング(ユーザーの生活環境に身を置き、存在を意識させないように観察すること)など、定性的なアプローチを通して、「狭く深く」人やその人が生活している環境と向き合い、インサイトを見つけ出す。元来、このプロセスにおいてデータを活用することは、今までIDEOでもあまり取り組んでこなかったことであった。しかし、実はデザインリサーチのプロセスにおいてもデータは有効な使い方があることがわかってきており、近年データサイエンスも手法として取り入れる例が増えている。

データの使い所の1つ目は、定性的なアプローチに、データによる定量的な観点を取り入れることだ。例えば、過去にIDEOで乳がん患者と医療従事者両者向けのサービスのコンセプトを作るプロジェクトに取り組んだ際、定性リサーチを通して患者さんと医療従事者双方にとってどういったコンセプトにニーズがありそうか、いくつかの方向性が見えてきていた。しかし、どのコンセプトも、医療従事者に現在の業務の流れを少し変更してもらう必要があるものであった。日々忙しい医療従事者に業務の流れの変更を強いるのはハードルが高い。そこで、コンセプトごとのハードルはどのくらい高いのか、そしてそのハードルを超える工夫としてどんなものが考えられるか、ということが次の焦点になった。ここで、チームは定量的なリサーチを組み込むことにした。アンケート調査を行い、医師、看護師、薬剤師の三者が、我々が考えていたそれぞれのコンセプトを導入するとした際にどれだけ負担を感じるかを調査したのだ。

その結果、「コンセプトAを進めるときには看護師の協力を得ることが鍵になる。看護師の協力を得るためにはどのような仕立てが必要か?」、「コンセプトBは、導入をスタートすること自体の負荷は低いが、継続的に運用していくとなると負荷が高い。継続の負荷を減らすためにはどのようにしたらよいか?」といった形で、定性調査での学びに加えて、また別の角度から理解を深めることができたと同時に、新たな仮説や問いを立て、そこからまた次の定性調査でリサーチすべきことを練ることができた。一般的には、定性リサーチで得られた知見や仮説を定量的に裏付ける一方通行の進め方が多いと思うが、重要なのは、振り子のように定性と定量を行ったり来たりしながらアイデアや仮説をどんどん発展させていくことだ。

2つ目は、データは定性リサーチに赴く際の一つの武器にできるということ。IDEOで、農家に向けた経営支援サービスを開発していた際、畑で得られたデータを、農家の経営をサポートする形に変換し、可視化するサービスの企画・デザインを行っていた。農家にデータを入力してもらう部分のUXについては概ね固まってきていた一方、どのようにそのデータを農家さんにとって有用な形で見せることができるかが定まっていなかった。そこで用いたのが、紙とペンを使ったデータビジュアライゼーションである。取得したデータを可視化する方法のアイデアを考えられるだけ考え、それらのグラフをすべて紙に描き、農家さんのところに持っていった。一枚一枚グラフを見せながら話を聞くと、どれが有益でどれがそうでもないかを教えてもらえたとともに、なぜそうなのかを深堀りして聞くことができた。サービスがまだ存在していなければデータも存在しない。分析するデータがなければデータ活用などできない、と思うかもしれないが、このように想像をもとに可視化されたデータを見せるだけでも、人はいろいろな反応を見せてくれる。

サービスの体験にデータの蓄積と活用を埋め込む

前節でも紹介したデザインリサーチの過程を通じて人のニーズや人が抱える問題の理解が深まったあと、そのソリューションを考えるフェーズに入る。このときに、大きなテーマとして比較的頻繁に登場するのが、「感覚的に物事を判断することが常態化していて、それにより様々な機会を逸している」ということだ。細かいニュアンスはその時々や業界によって違えど、特にtoBのビジネスアイデアを考えているときに、この問題はよく発生する。

例えば、以前IDEOで飲食チェーン向けの経営支援SaaSのデザインを手掛けるプロジェクトがあった。リサーチを通して浮かび上がってきたのは、本部と店舗のコミュニケーションと連携の問題。現場では短期的な売上達成を目指すためにその場の勘と経験の判断でオペレーションが回っている一方、本部ではその実態を正確に把握できずに売上と日報を確認する程度のことしかできず、組織として過去を振り返りながら次の施策に活かしていくということができていなかった。連絡方法も、FAX、メール、電話、LINEなどいろいろな手段がバラバラに使われている状況だった。

ここでIDEOチームはさまざまなアイデアのスケッチやプロトタイプを作り飲食業界で働く人々に見てもらいながらアイデアを練っていったが、最終的なコンセプトは、飲食店で発生するさまざまなデータの蓄積と分析を自動的に行い、インサイトを抽出し、それをもとに店舗で行う施策の発案、実行、振り返りを本部と店舗間で行いやすくするプラットフォームだった。コミュニケーションの問題をそのまま解消しようとするコミュニケーションツールではなく、データを軸にしたコンセプトになっていったのは、データにいくつかのポテンシャルが秘められていることがわかったからだ。それは、人間が感覚的にやっていて気づかない部分を可視化して気付かせてあげる力、関係者間で同じものを見させて認識の差を埋める力、過去を自信をもって振り返ることで次なる施策に向け背中を押してくれる力、などだ。これに限らず、データはうまく使えば、あらゆる形で人の行動を変える力を持っている。いかに自然な形で人にデータの記録や蓄積をしてもらうか、そしていかに自然な形でそれを使ってアクションをとってもらうかをうまくデザインするのは難しいが、成功すればそのサービスを非常にユニークで魅力的なものにしてくれる。

データを通じて未来のシナリオを想像する

リサーチを通して人々のニーズがわかり、それらをコンセプトの形に昇華し、さらにプロトタイプを通して具体的なサービスの形やUXが固まっていくと、次第に議論の焦点はビジネスの持続性の観点に移っていくことが多い。新しいサービスやプロダクトの開発とその市場投入には大きなコストがかかるため、決裁者に投資判断を仰ぐ際には、マーケット規模はどれくらいか、ターゲットは誰か、収益性はどれくらい見込めるのかなど、いろいろなことを問われる。こうした場合、担当者はネット上の記事やシンクタンクなどの調査レポートを参照しながら、仮定に仮定を重ねてそれらしい数字を作って説得を試みることが多いのではないだろうか。ここでもデータをうまく使うことで、事業の持続性に関して考えを深めることが可能だ。

IDEOが以前、別の農業系のプロジェクトを手掛けていたときだ。サービスのデザインが大枠固まってきた段階で議論の焦点になったのは、「ユーザ数、売上の推移はどうなるのか」「いつ頃から利益が出てくるのか」「データはどれくらい溜まっていくのか。それを使ってビジネスを新たに考えるに足る量はいつごろ溜まるのか」「カスタマーサポートにはどれくらいのコストがかかるのか」などといったビジネス方面のものだった。誰もやったことがないので正確にはわかるはずもなく、なんとかそれらしい仮定を置きながらもっともらしい数字を出そうとしたが、どうしても根拠が弱く、空中戦の議論に陥ってしまっていた。

そこで、私はいくつかのイメージしやすいパラメータをもとに、ユーザ数の推移をシミュレートし、可視化するものを作った。ここでいうパラメータとは例えば、「営業による月間新規顧客獲得数」「口コミがどれくらい発生するか(一月あたり何人のユーザにつき一人の新規ユーザが獲得できるか)」「サービス利用開始1ヶ月の間で何%の確率で解約するか」といったようなものである(実際にはもっと多数のパラメータが用意してある)。こういったパラメータの値に応じて、擬似的にユーザを生成して、ユーザごとにいつからいつまでどれくらいサービスを利用していたかを確率的に決定し、それを集計することで数年後の未来でそのサービスがどの程度の規模で使われているかをイメージしやすくした。

これにより決裁者に向けて、より説得力をもって事業計画を伝えられるという効果はあったが、最終的に算出された値が正しいかどうかは実は重要ではない。それよりも興味深かったのは、この取り組みにより事業計画に対するチームの考えと議論が一段深まったことだった。ユーザ数や売上を直接考えるよりも、それらをイメージしやすいパラメータに分解し、それらの積み上げで数字を作ると、よりリアルに感じられる数字になる。この「リアルに感じられる」というのが大事で、これが人の想像力を刺激し、未来をより具体的にイメージするきっかけになる。そこから、例えば「口コミを生むにはUXのどの部分が大事なのか」「カスタマーサポートに電話がかかりすぎないようにする工夫はどのようなものが考えられるか」など、より具体的な問いが次々と生まれ、ビジネスの観点での検討がぐっと前に進んだ。フェイクなデータを作ってそれでビジネスの議論をする、というのは普通の「データサイエンティスト」だったらやらないことだが、目的を「問いと仮説の精度を上げて思考を前に進めること」とおけば、こういうのもアリなのである。

過去を分析するデータ活用から、未来を作るデータ活用へ

IDEOでは、まず人にとっての価値・有用性を軸にアイデアの方向性を探求し、方向が定まったらその後コンセプトをより具体化していきながら、同時に技術的な実現可能性ビジネスとしての持続可能性も満たすような設計を模索していく。

「新しいものを生み出す」フェーズにおけるデータ活用というのは、データ分析を生業にしている人からすれば邪道的で“変”かもしれないが、大事なのは、なるべく短期間・低コストで問いと仮説の精度を高めていきながら、効果的に有用性、実現可能性、持続可能性についての解像度を高めていき、よりよい結果に繋げることだ。クリエイティビティをもって臨めば、データ活用にはいろいろなアプローチが有り得るのである。

今回紹介した事例がすべてではないし、状況によって全く異なるアプローチの仕方があるだろうが、可能性はまだまだ広い。実データを分析することももちろん大事だが、データがまだ存在しない「新しいものを生み出す」フェーズにおいても、工夫次第でデータからいろいろな示唆が得られる。データがまだ存在しないからと、そこで思考停止になってこのチャンスを逃してしまってはもったいない。少しの想像力と柔軟な姿勢を持ってデータを活用することで、新しい未来の可能性が切り拓かれる。

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IDEO流 新しいアイデアを生むための3つの“変な”データ活用
December 4, 2022

IDEO流 新しいアイデアを生むための3つの“変な”データ活用

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世の中の変化のスピードが速くなり、いつどこから自社の事業を脅かす存在が出現するか読めない昨今の状況において、企業はますます「イノベーション」を求めている。その中で、新商品の開発や新規事業の創出を仕事にしている方も多いだろう。こうした仕事はつまり、「新しいものを生み出す」仕事だ。近年トレンドになっているDXと呼ばれる取り組みも、その一つといえるだろう。こうした仕事は、どれも不確実性が高く、前例がないことも多い。

一方で、仕事の中には「今あるものをより良くする」仕事もある。つまり既存のビジネスやサービスに改善を重ねあげて大きく育てていく仕事だ。こうしたフェーズにおいては、データ活用の重要性が高まっている。既存のビジネスを運用していく中で生まれるデータを蓄積し、そのデータを分析、活用することで、意思決定の質を高めたり、新たなソリューションを作ったりすることは、すでに多くの企業が導入しているし、今後も拡がっていくと思われる。こうした取り組みの延長にあるAIも、日々普及度が高まっている。

一般的に「新しいものを生み出す」仕事は、いわゆる企画職、デザイナー職などの職種の人が行い、データアナリストやデータサイエンティストと呼ばれる人たちは、事業が回り始めデータが溜まってきた「今あるものをより良くする」タイミングで価値を発揮することが多いのではないだろうか。新しいものを生み出そうとしている段階ではまだデータもなく、そこでのデータ活用はイメージしにくいだろう。

しかし、実は、このフェーズにおいても、データを分析し活用することに知見を持つ人と協業することで、よりよいモノを生むことにつながる場合がある。IDEOでデータサイエンティストとして働く私の経験も踏まえ、新しいものを生み出す仕事におけるデータ活用の可能性について紹介したい。

データを通して人のニーズを理解する

IDEOのプロジェクトでは、デザインリサーチという手法を用い、人にとって高い価値や有用性を持つアイデアを探るのが一般的である。インタビューやシャドーイング(ユーザーの生活環境に身を置き、存在を意識させないように観察すること)など、定性的なアプローチを通して、「狭く深く」人やその人が生活している環境と向き合い、インサイトを見つけ出す。元来、このプロセスにおいてデータを活用することは、今までIDEOでもあまり取り組んでこなかったことであった。しかし、実はデザインリサーチのプロセスにおいてもデータは有効な使い方があることがわかってきており、近年データサイエンスも手法として取り入れる例が増えている。

データの使い所の1つ目は、定性的なアプローチに、データによる定量的な観点を取り入れることだ。例えば、過去にIDEOで乳がん患者と医療従事者両者向けのサービスのコンセプトを作るプロジェクトに取り組んだ際、定性リサーチを通して患者さんと医療従事者双方にとってどういったコンセプトにニーズがありそうか、いくつかの方向性が見えてきていた。しかし、どのコンセプトも、医療従事者に現在の業務の流れを少し変更してもらう必要があるものであった。日々忙しい医療従事者に業務の流れの変更を強いるのはハードルが高い。そこで、コンセプトごとのハードルはどのくらい高いのか、そしてそのハードルを超える工夫としてどんなものが考えられるか、ということが次の焦点になった。ここで、チームは定量的なリサーチを組み込むことにした。アンケート調査を行い、医師、看護師、薬剤師の三者が、我々が考えていたそれぞれのコンセプトを導入するとした際にどれだけ負担を感じるかを調査したのだ。

その結果、「コンセプトAを進めるときには看護師の協力を得ることが鍵になる。看護師の協力を得るためにはどのような仕立てが必要か?」、「コンセプトBは、導入をスタートすること自体の負荷は低いが、継続的に運用していくとなると負荷が高い。継続の負荷を減らすためにはどのようにしたらよいか?」といった形で、定性調査での学びに加えて、また別の角度から理解を深めることができたと同時に、新たな仮説や問いを立て、そこからまた次の定性調査でリサーチすべきことを練ることができた。一般的には、定性リサーチで得られた知見や仮説を定量的に裏付ける一方通行の進め方が多いと思うが、重要なのは、振り子のように定性と定量を行ったり来たりしながらアイデアや仮説をどんどん発展させていくことだ。

2つ目は、データは定性リサーチに赴く際の一つの武器にできるということ。IDEOで、農家に向けた経営支援サービスを開発していた際、畑で得られたデータを、農家の経営をサポートする形に変換し、可視化するサービスの企画・デザインを行っていた。農家にデータを入力してもらう部分のUXについては概ね固まってきていた一方、どのようにそのデータを農家さんにとって有用な形で見せることができるかが定まっていなかった。そこで用いたのが、紙とペンを使ったデータビジュアライゼーションである。取得したデータを可視化する方法のアイデアを考えられるだけ考え、それらのグラフをすべて紙に描き、農家さんのところに持っていった。一枚一枚グラフを見せながら話を聞くと、どれが有益でどれがそうでもないかを教えてもらえたとともに、なぜそうなのかを深堀りして聞くことができた。サービスがまだ存在していなければデータも存在しない。分析するデータがなければデータ活用などできない、と思うかもしれないが、このように想像をもとに可視化されたデータを見せるだけでも、人はいろいろな反応を見せてくれる。

サービスの体験にデータの蓄積と活用を埋め込む

前節でも紹介したデザインリサーチの過程を通じて人のニーズや人が抱える問題の理解が深まったあと、そのソリューションを考えるフェーズに入る。このときに、大きなテーマとして比較的頻繁に登場するのが、「感覚的に物事を判断することが常態化していて、それにより様々な機会を逸している」ということだ。細かいニュアンスはその時々や業界によって違えど、特にtoBのビジネスアイデアを考えているときに、この問題はよく発生する。

例えば、以前IDEOで飲食チェーン向けの経営支援SaaSのデザインを手掛けるプロジェクトがあった。リサーチを通して浮かび上がってきたのは、本部と店舗のコミュニケーションと連携の問題。現場では短期的な売上達成を目指すためにその場の勘と経験の判断でオペレーションが回っている一方、本部ではその実態を正確に把握できずに売上と日報を確認する程度のことしかできず、組織として過去を振り返りながら次の施策に活かしていくということができていなかった。連絡方法も、FAX、メール、電話、LINEなどいろいろな手段がバラバラに使われている状況だった。

ここでIDEOチームはさまざまなアイデアのスケッチやプロトタイプを作り飲食業界で働く人々に見てもらいながらアイデアを練っていったが、最終的なコンセプトは、飲食店で発生するさまざまなデータの蓄積と分析を自動的に行い、インサイトを抽出し、それをもとに店舗で行う施策の発案、実行、振り返りを本部と店舗間で行いやすくするプラットフォームだった。コミュニケーションの問題をそのまま解消しようとするコミュニケーションツールではなく、データを軸にしたコンセプトになっていったのは、データにいくつかのポテンシャルが秘められていることがわかったからだ。それは、人間が感覚的にやっていて気づかない部分を可視化して気付かせてあげる力、関係者間で同じものを見させて認識の差を埋める力、過去を自信をもって振り返ることで次なる施策に向け背中を押してくれる力、などだ。これに限らず、データはうまく使えば、あらゆる形で人の行動を変える力を持っている。いかに自然な形で人にデータの記録や蓄積をしてもらうか、そしていかに自然な形でそれを使ってアクションをとってもらうかをうまくデザインするのは難しいが、成功すればそのサービスを非常にユニークで魅力的なものにしてくれる。

データを通じて未来のシナリオを想像する

リサーチを通して人々のニーズがわかり、それらをコンセプトの形に昇華し、さらにプロトタイプを通して具体的なサービスの形やUXが固まっていくと、次第に議論の焦点はビジネスの持続性の観点に移っていくことが多い。新しいサービスやプロダクトの開発とその市場投入には大きなコストがかかるため、決裁者に投資判断を仰ぐ際には、マーケット規模はどれくらいか、ターゲットは誰か、収益性はどれくらい見込めるのかなど、いろいろなことを問われる。こうした場合、担当者はネット上の記事やシンクタンクなどの調査レポートを参照しながら、仮定に仮定を重ねてそれらしい数字を作って説得を試みることが多いのではないだろうか。ここでもデータをうまく使うことで、事業の持続性に関して考えを深めることが可能だ。

IDEOが以前、別の農業系のプロジェクトを手掛けていたときだ。サービスのデザインが大枠固まってきた段階で議論の焦点になったのは、「ユーザ数、売上の推移はどうなるのか」「いつ頃から利益が出てくるのか」「データはどれくらい溜まっていくのか。それを使ってビジネスを新たに考えるに足る量はいつごろ溜まるのか」「カスタマーサポートにはどれくらいのコストがかかるのか」などといったビジネス方面のものだった。誰もやったことがないので正確にはわかるはずもなく、なんとかそれらしい仮定を置きながらもっともらしい数字を出そうとしたが、どうしても根拠が弱く、空中戦の議論に陥ってしまっていた。

そこで、私はいくつかのイメージしやすいパラメータをもとに、ユーザ数の推移をシミュレートし、可視化するものを作った。ここでいうパラメータとは例えば、「営業による月間新規顧客獲得数」「口コミがどれくらい発生するか(一月あたり何人のユーザにつき一人の新規ユーザが獲得できるか)」「サービス利用開始1ヶ月の間で何%の確率で解約するか」といったようなものである(実際にはもっと多数のパラメータが用意してある)。こういったパラメータの値に応じて、擬似的にユーザを生成して、ユーザごとにいつからいつまでどれくらいサービスを利用していたかを確率的に決定し、それを集計することで数年後の未来でそのサービスがどの程度の規模で使われているかをイメージしやすくした。

これにより決裁者に向けて、より説得力をもって事業計画を伝えられるという効果はあったが、最終的に算出された値が正しいかどうかは実は重要ではない。それよりも興味深かったのは、この取り組みにより事業計画に対するチームの考えと議論が一段深まったことだった。ユーザ数や売上を直接考えるよりも、それらをイメージしやすいパラメータに分解し、それらの積み上げで数字を作ると、よりリアルに感じられる数字になる。この「リアルに感じられる」というのが大事で、これが人の想像力を刺激し、未来をより具体的にイメージするきっかけになる。そこから、例えば「口コミを生むにはUXのどの部分が大事なのか」「カスタマーサポートに電話がかかりすぎないようにする工夫はどのようなものが考えられるか」など、より具体的な問いが次々と生まれ、ビジネスの観点での検討がぐっと前に進んだ。フェイクなデータを作ってそれでビジネスの議論をする、というのは普通の「データサイエンティスト」だったらやらないことだが、目的を「問いと仮説の精度を上げて思考を前に進めること」とおけば、こういうのもアリなのである。

過去を分析するデータ活用から、未来を作るデータ活用へ

IDEOでは、まず人にとっての価値・有用性を軸にアイデアの方向性を探求し、方向が定まったらその後コンセプトをより具体化していきながら、同時に技術的な実現可能性ビジネスとしての持続可能性も満たすような設計を模索していく。

「新しいものを生み出す」フェーズにおけるデータ活用というのは、データ分析を生業にしている人からすれば邪道的で“変”かもしれないが、大事なのは、なるべく短期間・低コストで問いと仮説の精度を高めていきながら、効果的に有用性、実現可能性、持続可能性についての解像度を高めていき、よりよい結果に繋げることだ。クリエイティビティをもって臨めば、データ活用にはいろいろなアプローチが有り得るのである。

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